「セミヌード」四十数年前の小僧時代の思い出。

雑誌の企画で「お宅拝見」に立ち会った。横浜市港北区(現在は緑区)のある女優さん宅。ご本人の案内でリビング、キッチン、お風呂場など、自由に座ったり、立ったりポーズをとる。ライターさんがお話を伺いながら、師匠がシャッターを切る。私は映り込まないようライトボックスを持って室内を駆け回る。寝室ではご本人のセミヌードパネルがベッドサイドに、モノクロの等身大が飾ってあった。「私の二十一歳の時よ」と当時五十三歳の女優さん。私の師匠のお一人の作品だった。雑誌には発表されていない、お宝級。純情派路線?の女優さんも「若いうちに」と勧められて記念に撮ったと言う。以来、私も機会があれば声を掛けた。四十数年で三十人程撮らせてもらった。その俳優、女優さんのお子たちもチラホラTVで活躍し始めた。正直、ささやかな自慢である。

成人の日、コスプレーヤー、キャバ嬢。

コスプレイヤーを撮って三年。新大久保のアニソンディスコが初体験。それから東京流通センターTRC、東京国際展示場のコミックマーケット、アコスタ池袋などこなして来た。二年ほど前の成人の日?に撮影した女子がアコスタ池袋で「刀剣乱舞コス」で声をかけてきた。大学生で留学費用を貯めていると言う。プロフィール撮影のご依頼。アルバイトに「キャバ嬢」をしていると。自分のHPやTwitterにアップしたい様だ。水着、下着、セミヌードと彼女のアパートで撮影。ワンルームで引きが出来ず全身は撮れない。全身はTシャツ、ミニスカ姿を外で撮影。私のPCを持ち込んで名刺まで作成のお手伝い。キャバ嬢の指名は大事。ご本人の売り上げが上がれば、それはそれでいいネ。

写真の師匠が亡くなった。

大正12年は関東大震災の生まれ。96歳の師匠が先月亡くなっていた。40数年前東京タワーのそばにあった「パークスタジオ」のワークショップ(勉強会)で初めて会った。自己紹介の時、今でも続けている「剣道形の礼」をした時「きれいな礼ですね」と言われた。師匠の指導の始めのはじめは「挨拶が一番大切」から。写真の技術的な事は「見ていればわかるよ」と。師匠は軍隊では運転をしていたが、除隊してから更新を忘れて免許証は持ってなかった。助手さんが当時三人いた。私は四人目に採用され、運転から弁当、飲み水、電車の手配など事務的な経験をさせてもらった。先輩助手さんがそれぞれ独立して、私の後は師匠の年齢的なこともあり採用はやめて、ワークショップで短期的に手伝いを頼むにとどまった。叱るより「いいネ、いいネ」とほめて伸ばしてくれた。合掌。

お仕事、感謝。

3月は卒業式。その後の謝恩会など日程が集中する。一日一本が限度。ご連絡を頂いたところから順次受ける。私の場合は卒業式など横浜市内、それも中区神奈川区鶴見区周辺。謝恩会は卒業式当日、料理教室で準備して隣の空教室や廊下で立食形式が多い。学校だからお酒は出ない。そこでは卒業生も参加する。教諭と保護者の謝恩会、宴会はMMや中華街が多い。ファミレスのパーティルームを使うと会費も安く利用価値は大きい。会社関連では転勤に伴う送別会もある。 4月は入学式、入社式など。日本武道館での入学式は会場が大きすぎて、私はメインカメラマンの助っ人で手伝う。入社式もホテルの宴会場を使う時も助っ人に入る。初々しさがステキ。