「薬物」について

 好きな女優さんが逮捕された。噂は以前からあったと言う。とても残念である。12月に入ると忘年会、打ち上げ、慰労、ご苦労さん会などの名目でお誘いが来る。三十数年前の独立したての頃は、顔と名前を覚えてもらうため先輩方について出かけた。会費は払ったり宴会スナップの納品で済んだり色々。憧れの女優さんモデルさん、これからデビューする研修生さんなどにお酌をされるだけでウットリした経験がある。当時、喫煙をしていたが何人かの方から「たばこは自分のを吸う事」と言われた。たばこの葉を半分ほど抜いて別の葉っぱを仕込むらしい。すぐ隣で「甘ったるい香り」がしていたが?お酒でストレスの発散もいいが、何事もホドホドがいいネ。薬物は勿論ダメダメ。

「給与と納税」について。

人気芸人さんが未申告を繰り返し余計な税金を納付したと言う。その追徴税額3,700万円。私の五年分の収入になる。初めて師匠の事務所から頂いた給与は、45年前で所得税天引で33,312円。学生時代の通信簿みたいなのでよく記憶している。年収で50万円ぐらい?独立したての時、税務署の申告講習会に出かけた。「こづかい帳を用意して毎日出るお金、入るお金の記録と領収書を保管してください」と言われた。当時は「新聞に長者番付」の発表もあった。何年かは忘れたが、歌手部門で矢沢永吉さんが一番だったのを覚えている。ほどなく中学のクラス会で税務署勤務の友人がいて、色々記入もれなどチェックしてもらった。その友人から「最近好きな芸能人はいるか?」と聞かれ、ある演歌歌手の名前を伝えたら、翌年その歌手の着物の必要経費が認められず、追徴金処分と新聞報道があった。私もマイナンバーカードでPCから申告出来るようになり、税務署に並ばなくなったのはありがたい。ただ年収が300万円から800万円まで乱高下するのは、自由業の辛い所。確定申告した一月後に確認の電話が来ることもある。それにしても追徴税額3,700万円は勿体ない。と思う。

「嫌い、韓国?」について

日本の「韓国ホワイト国解除」報道に伴い友人のカメラマンが韓国企業のお偉いさんと来日した。ワークショップで知り合い川崎と横浜で住まいも近く、情報交換などお世話になっている。たしか三世?日本語、英語、母国語のほか語学が堪能で、パソコンにも強い。私からしたらスーパーマンである。二年振りだが「ニュースで観たよ」とメールをしておいた。二三日して宿泊は東京のホテルだが川崎にある実家の焼肉屋で会う事になった。二年振りの挨拶が「ますます地肌が目立って来たね」である。別に悪口でなく、彼とは会うたびに私の坊主頭の密度が薄くなったと指摘される。ニュースで貴方に似ている?と思ったからメールした事を伝えた。日本と韓国の報道機関に契約していて日々往復いていると言う。今回は韓国企業から要請があった、内容は発表するまで内緒との事。私に日本の「韓国に対する報道をまとめて」とお仕事要請も飲みながらいただいた。ただ私の文書はまとまりがないーと自覚している。友人は「箇条書きでもいい、うまくまとめるから」と言ってくれた。気が楽になった。連絡用のPCアドレスも交換した。家族は実家のそばのマンションに居るとの事。画像は日本側、韓国側のどちらかでも良いとも言われた。美味しいお肉と飲み会だった。

「契約」について。

闇営業で宮迫博之さん、田村亮さんほか多数の芸人のバッシングがきつい。吉本興業の口頭契約によるタレント管理や岡田社長の会見が火に油を注ぐ状態になった。敏腕マネージャーとは聞いていた。写真屋の私には、時給や最低賃金はない。ブライダル撮影は三時間でいくら?とお示しして、それでよろしければ「契約」となる。スタジオを待たない私は、七五三、お宮参りなど、お客様の指定先の神社で待ち合わせとなる。交通費加算など細かく説明する。その他の働き口は、公民館、地区センターなどの受付業務にバイト登録している。時々フラダンスなどの発表会の撮影を頼まれ一石二鳥のいいタイミングに恵まれる事もある。動けば動くほどお金になる。「ヒマ」が一番不安である。解禁された芸人の皆さん、新しいお笑いを期待します。

「選挙取材のお仕事」三件頂く。

六月末から依頼が来ていた。組合機関紙の活動報告用に一件。ほか二件は、選挙事務所の事務所開きや出陣式の様子など。7月21日日曜日の開票結果まで。街頭演説は、党首たちの応援スケジュールで決まる。日付と選挙カーの動線をもらう。二件の重なる街頭演説だと、私の移動時間が節約できてありがたい。対立候補からの選挙妨害もあったら撮影する。聴衆が沢山いる様に撮るのが腕の見せ所。体調を整えて頑張ろう。

「料理長の履歴」は本物か?

    新規開店のHP画像を頼まれウエブデザイナーと打ち合わせに行った。二十五歳と若い、イケメン料理長。スポンサーがいるのかしら?打ち合わせで修業先などの店名を聞く。料理専門学校を出て、有名店を二件ほど修業したと言う。店長がオーナーとの事。店長は某ホテルマンからの転身。調理中からスナップ撮影。出来上がった物をご馳走になった。美味しかった。デザイナーもほめていた。「味覚」は感覚的なもの。難しいのは「コンスタントに同じ味を提供できるか?」。私の知り合いの店でも修業したという。後日その友人と飲むことがあり、「洗い場が嫌で三か月もいなかった」と。店長から電話を貰った時も説明したと言う。この業種、開店も多いいが閉店も多いと言う。三年持たない店が60パーセントあると業界誌にあった。「頑張ってね」の気持ち。

 「友人の定年退職」作文がうまい。

 新聞社、雑誌、テレビ局へライターやカメラマンとして就職した友人が順次定年退職した。だいたい三十歳前後でそれぞれ独立する人が多い。知り合うきっかけは、師匠が個人で開くワークショップ(勉強会)、番組の打ち上げなど、時間を作って参加する。退職後は、先輩が所属している事務所へお世話になったり、仲間内で連絡を取り合ったりする様だ。作文がうまい皆さんは、在職中から副業としてブログやコピーライター、ユーチューバーをされていた。私も色々アドバイスをいただく。ライバルであり仲間である皆と切磋琢磨はまだまだ続く。