「NHKおんな武士道~剣道八段に挑む女性たち」の感想。

根本(大阪)、堀部(教育大)、赤峰(東海大)、黒須(国士館大)の四名は、もう四十数年前の準決勝の女性剣士。私の師範が審判員のお一人。日本武道館まで付き添い観戦した。根本さんは八段挑戦、二十年という。女性初の剣道八段誕生をお祈りします。ちなみに私の師範の皆さん。小中沢 辰男範士八段、松本 功範士八段、高野 武範士八段、高野 初江教士七段(女性初の七段)、大場 正典教士七段、多田 肇教士七段ほか多くの先生方。

「芸能人はつらいよ」裏話いろいろ。

  1. 先輩のアドバイスに従って「差し入れ」したら、他の出演者から「生意気」といやみを言われる。マネージャーも新米だった?

  2. 誰だってセンターが欲しい。アキモトPや運営の「推し」がもらえない。

  3. 「雨待ち」ドラマPや監督の頑張りすぎが辛い。脚本家の気まぐれも。

  4. ドラマの進行がSNS投稿で苦労する。でも参考に使える部分もある。

  5. デビューしてもある程度、仕事が来るまでアルバイトで食いつなぐ。妻帯者はなおさら。

  6. 輸出規制見直しで韓国企業のトップが来日。付き添いカメラマン、友人だった。

「TBSご苦楽レストラン」観ている。

平成元年バブル最終年?相続か株でお金持ちになった同級生が居た。本人が好きな「ラーメン屋」「イタリアピザ屋」「スイーツのコーヒー屋」「居酒屋と定食屋」の四店を一度に開業した。私も写真事務所から独立したてで、彼から新聞の折り込みチラシの仕事をいただいた。友人は主演の石原ひとみさんと同じように、行きつけの店でスカウトしてそれぞれの店長及び料理人に採用した。びっくりするほどドラマの内容が似ている。またすごい所は、五~六年で安定したら権利を譲って任せた事。この「ご苦楽レストラン」の元ネタは、もしかして?これからの展開が楽しみである。当然録画予約する。

「選挙取材のお仕事」三件頂く。

六月末から依頼が来ていた。組合機関紙の活動報告用に一件。ほか二件は、選挙事務所の事務所開きや出陣式の様子など。7月21日日曜日の開票結果まで。街頭演説は、党首たちの応援スケジュールで決まる。日付と選挙カーの動線をもらう。二件の重なる街頭演説だと、私の移動時間が節約できてありがたい。対立候補からの選挙妨害もあったら撮影する。聴衆が沢山いる様に撮るのが腕の見せ所。体調を整えて頑張ろう。


「料理長の履歴」は本物か?

   

新規開店のHP画像を頼まれウエブデザイナーと打ち合わせに行った。二十五歳と若い、イケメン料理長。スポンサーがいるのかしら?打ち合わせで修業先などの店名を聞く。料理専門学校を出て、有名店を二件ほど修業したと言う。店長がオーナーとの事。店長は某ホテルマンからの転身。調理中からスナップ撮影。出来上がった物をご馳走になった。美味しかった。デザイナーもほめていた。「味覚」は感覚的なもの。難しいのは「コンスタントに同じ味を提供できるか?」。私の知り合いの店でも修業したという。後日その友人と飲むことがあり、「洗い場が嫌で三か月もいなかった」と。店長から電話を貰った時も説明したと言う。この業種、開店も多いいが閉店も多いと言う。三年持たない店が60パーセントあると業界誌にあった。「頑張ってね」の気持ち。

「ノスタルジックカー(旧車)」が趣味の友人。

毎月第三日曜日の早朝6:00から?大黒ふ頭パーキングに旧車、愛車自慢の方々が集まる。五十年前の車がピカピカに磨かれて集合する。それぞれ車種別に場所がある?私の友人は、ハコスカGTR、スバル1000、モーガン、日産チェリー、FIAT500の五台を所有している。私に「コレクションの写真を撮れ」と眠い目をこすりながら付き合っている。帰りに横浜中華街でお粥をご馳走してくれる。

ハコスカGTR

 「友人の定年退職」作文がうまい。

 新聞社、雑誌、テレビ局へライターやカメラマンとして就職した友人が順次定年退職した。だいたい三十歳前後でそれぞれ独立する人が多い。知り合うきっかけは、師匠が個人で開くワークショップ(勉強会)、番組の打ち上げなど、時間を作って参加する。退職後は、先輩が所属している事務所へお世話になったり、仲間内で連絡を取り合ったりする様だ。作文がうまい皆さんは、在職中から副業としてブログやコピーライター、ユーチューバーをされていた。私も色々アドバイスをいただく。ライバルであり仲間である皆と切磋琢磨はまだまだ続く。

 「セミヌード」四十数年前の小僧時代の思い出。

雑誌の企画で「お宅拝見」に立ち会った。横浜市港北区(現在は緑区)のある女優さん宅。ご本人の案内でリビング、キッチン、お風呂場など、自由に座ったり、立ったりポーズをとる。ライターさんがお話を伺いながら、師匠がシャッターを切る。私は映り込まないようライトボックスを持って室内を駆け回る。寝室ではご本人のセミヌードパネルがベッドサイドに、モノクロの等身大が飾ってあった。「私の二十一歳の時よ」と当時五十三歳の女優さん。私の師匠のお一人の作品だった。雑誌には発表されていない、お宝級。純情派路線?の女優さんも「若いうちに」と勧められて記念に撮ったと言う。以来、私も機会があれば声を掛けた。四十数年で三十人程撮らせてもらった。その俳優、女優さんのお子たちもチラホラTVで活躍し始めた。正直、ささやかな自慢である。

仲良しタレント

三十数年お付き合いしているタレントの家族写真を撮り続けている。結婚前の「張り込み」から、「ナイショにしてよ」。不思議と私を信用してくれる?依頼先の会社にはそれなりの画像を提供している。私も長くこの仕事をしていると仲良しにはなる。Achanは「口が堅い」と言われるが、余計なことを言わないだけ。お子さんのお宮参り、七五三、入学式、運動会などなど。それぞれの人生を「写真に記録する」仕事としても、大いにやりがいがある。でもあと何年できるかしらネ。